July 09, 2009
彼女の右手
午後4時になり、送迎車両はふくふく庵玉造デイサービスセンターを出発した。
私を含めて6人を乗せたクルマの短い旅が始まった。
西日が射す長堀通をゆっくりと走っている。
赤信号でクルマが止まった。
信号待ちをしている間、ハンドルを握る私は、大きな声で訊ねました。
「今日は楽しかったですか。」
私の後ろに座る女性が答えた。
「今日のおやつで、ヨモギ餅を食べたよ。美味しかったよ。」
「それは、良かったですね。」
「体操はしましたか?」
「したよ、今日はチューブ体操だったよ。」
このチューブ体操とは、最近、介護施設内で積極的に採用されているもので、ゴムの紐(チューブ)を利用した運動。
ダンベル運動に比べ、このチューブ運動の方が安全で、個人の体力に応じて調節が可能というメリットがある。
手、腕、脚などの運動機能向上を高めるため、このチューブを利用して「引っ張る」「ひねる」「まげる」などの運動を行う。
「今日は、左手を大きく上げる運動が4回出来たよ。」
彼女は脳梗塞の後遺症で左半身に麻痺が残る。
不自由な左手をかばいながらも、チューブ体操をリハビリテーションとして頑張っている。
「それは、凄いですね。」
信号が青になりクルマはゆっくりと走り出した。
今から1年前、彼女を初めてクルマに乗せた日、彼女が言った言葉を私は忘れない。
「この左手を切り取って、動く手を取り付けたいよ。」
その不自由な左手を右手で支え、彼女は出来る範囲で少しずつチューブ体操をしている。
今では、彼女はその言葉を言うことはない。
July 08, 2009
カレーライス
ふくふく庵玉造デイサービスセンターの仕事が一段落した時、私は友人がする『訪問ヘルパー事業所』を訪問した。
午前11時頃にその事業所の扉を開けると、カレーの匂いが漂っていた。
管理者の立場の友人がニコッと笑い私を出迎えてくれた。
「ヘルパーさんと一緒にカレーを作っているのよ。神野さんも一緒に食べませんか?」
デイサービスセンターでは食事を作り、利用者と介護スタッフが一緒になり昼ごはんを食べる。
だからこそ、そこにカレーに匂いが漂うことは一般的だ。
しかし、訪問ヘルパー事業所の仕事は各利用者宅に訪問し、そこで身体介護や生活援助を行う。
事業所内では事務仕事が中心だと思っていた。
その事業所内で『カレーパーティ』が開かれていた。
牛肉、ジャガイモ、ニンジン、タマネギがいっぱい入ったカレーが大きな鍋に入っていた。
一人の女性が火の調節をしながら、お玉でそれをゆっくりと混ぜていた。
それを見守りながら、楽しそうなおしゃべりが広がっていた。
どの顔を嬉しそうだった。
「仲の良い事業所ですね。」私は彼女に言った。
「ありがとうございます。実はこの『カレーパーティ』もヘルパー研修の一環なんですよ。」
「えっ!」私は驚いた。
「私たちは訪問先のお宅で調理をするでしょ。味付けや調理のテクニックも大切なサービスになるのよ。
利用者に健康になって欲しい気持ちは一緒なの。
美味しい食事を提供することについても、私たちも日々努力しているのよ。」
愛情のこもった元気の源の『カレーライス』を頂きながら、私はなんだか嬉しい気持ちになっていた。
July 06, 2009
料理
時計の針が12時を指していた。
ふくふく庵玉造デイサービスセンターの昼ごはんが始まった。
お膳の上には白いご飯、味噌汁、肉じゃが、添え野菜、酢の物がそれぞれの器に盛り付けられている。
利用者も介護スタッフも同じ食事メニューを一緒に食べる。
大きなテーブルを囲み、それぞれの顔を見ながら一緒に食べる。
最初は食べることに夢中だが、食べ終わる頃には団欒の会話が始まっていた。
お茶を飲みながら、私の横に座る女性が私に言った。
『食べる事は一瞬だけれど、料理を作るのは一生の想い』
彼女は独り暮らし。
このテーブルで皆と一緒に食べる昼ごはんを楽しみにしている。
若い頃は料理を作ることが得意だった。
スーパーのチラシを見て安い食材を選び、メニューを考え、作る段取りを考え、台所に立って手際よく料理を作っていた。
ご主人や子供の好物を考え、体調を考え、健康状態を考え、経済的で美味しい料理を作っていた。
彼女の経験がその言葉の中に包まれていた。
『食べる事は一瞬だけれど、料理を作るのは一生の想い』
今では、台所に立ってもその料理を食べてくれる人は誰もいない。
彼女の言葉にいつまでも残っていた。
